パンチェン・ラマ

パンチェン・ラマとは、ダライ・ラマに次ぐチベット仏教第二位の高僧です。
パンチェン・ラマもダライ・ラマ同様に転生により代替わりしていくと信じられています。

パンチェン・ラマ10世は、中国の侵略を受けてダライ・ラマ14世が国外亡命を余儀なくされた後もチベット本土に留まり続けました。
「文化大革命」の時期には9年の長きに渡り投獄され、その後も中国の占領支配下という枠組みの中で、活動の自由を大幅に制約されながらも、チベットの文化や自然環境を守り抜くために必死の努力を重ねてきました。 しかし、1989年1月28日、50歳の若さで心筋梗塞でなくなりました。
中国政府を批判する演説を行った5日後の急死でした。

転生仏であるパンチェン・ラマの生まれ変わりは、チベット仏教側、中国政府側それぞれで捜索されました。
1995年5月14日に、ダライ・ラマによってゲンドゥン・チューキ・ニマという6歳の少年が正式にパンチェン・ラマ11世として認定されました。
しかし、その三日後ニマ少年は両親ともども姿を消し、その消息はいまだわかっていません。
半年後の1995年11月29日に中国政府は、独自で選んだギェンツェン・ノルブという別の六歳の少年をパンチェン・ラマ11世として擁立しました。


(現在も行方不明のニマ君:無事なら今年二十歳になります。)